佐山雅弘のブログ
| 現在のページ: 6/23 Page | 前のページ |
|
2016年2月29日
M7-M11
M7 あの日(ボタンの思い出)
台本での注はシャンソンの物語歌。シャンソンやカンツォーネというと、つい歌い上げるものを想像しがちだが、アズナブールやベコーにはさらりとした愛らしい歌が多くある。日本の歌で言うと“桃太郎”や“浦島太郎”。ちょっと感じは違うけど。
とはいえ、ジャズコードではなく、メロディもインコードで良い曲を作るというのは意外と難しい。悩んでいると鈴木さんからのサジェスチョン。「ワンコーラスを短く作ってあるから、次々に転調すれば・・・」なるほど。字数から言えば、ひとまとまり16小節で作れる。これをコーラス分転調すれば。と、あとは歌の分量から全体の音域を設定してリズム変化をギリギリまで我慢してどここから開放的にするか、などなど方程式を解くように外枠を作っていく。そして全体像が出来た所でメロディをウンウン考える。
達磨に目を入れるというか、こういう順番での作曲もあるのです。既にある楽曲にメロディアスなアドリブをするようなものだから、専門と言えば専門。
M8 あの日(ピーナッツの思い出)
実は台本を最初に読んだ時、この女性歌(歌詞)にとても惹かれて、とてもモダンな、といってもユーミン風だから今どきではないのだが、“時のないホテル”のようなメロディ展開とアレンジの曲を作ったのだった。それも全体作業の中としては結構な時間を割いて。
「良い曲が出来たよ」と聴いてもらった後に鈴木さん。「男の“あの日”と同じ曲で歌えるように歌詞を書いたんだよ。M7が良いからそれにのせて頂戴」。
順番に聴かせるんじゃなかった!というのは冗談だが惜しい気はする。かといってこういうものは使い回したりしてもロクなことにはならないので割愛。
それにしても、恋心の象徴がボタンとピーナッツ。不思議なような、キャッチーなような。可愛いような、洒落てないような。この辺りのカジュアル感も鈴木脚本の特徴ないし魅力になっていることは間違いないでしょう。
M9 運命の幕開け
この曲が好評である。後半のバラードは後で出てくる“未来をおそれず”。前半部分の楽曲はと言うと“うんめい〜”の3つの音だけなんである。あとはギターのカッティングとベースのアドリブパターン。言葉はラップ。でも良い曲が出来たと思ってもいいですよね。
イントロのパターンはJAZZの名曲”チェロキー”に伝説の名トランぺッター、クリフォードブラウンがつけたイントロの借用・発展形。”チェロキー”自体がオールドオング”Indiana”の替え歌。JAZZ100年の歴史が21世紀極東の芸能に脈々と、というのはさすがに大袈裟ではあるが、言えなくもない。
ラップ風にしようという提案だったからテンポ感と小節数だけ決めて、ドラムパターンは勿論、全てのアレンジを放棄して稽古のバンド合わせまでキャストには待っててもらった。
その間の稽古こそ見物で、イントロの16分音符をピアノで弾いて(まるで感じが出ない)手拍子のみで振り付けをしてもらい、それを覚え、ラップを練習。みなさんさぞかし迷惑だったでしょうね。
その分バンドが入って「サンキチィ、バカボン、なんかやってみて。仙波さんも適当に」「じゃ、とりあえず弾いてみますか」と始まった途端、ほぼ今の形になっていたから頼もしい。身内の自慢ぽくて気が引けるけれど、良いメンバーに恵まれたものです。
バンドメンバーの集まり方の成り立ちについて、面白くも感動的なエピソードはあるのだが、それはまた別の機会に。
M10 インターバル
芝居の上では、“歌うハムレット”の1幕が上演されている時間。こちらはグッドタイムシアターバンドの面々が、自分たちのテーマ曲を楽しんでいる。時計店四代目の曲が、実はバンドのテーマソングと同じだという種明かし、にもなっている。
M11 未来の二人は
またまた基本テーマメロディによる、今度は未来への不安と覚悟。この時点の修司として、ポジティブなのかネガティブなのか、という解釈に悩んだ。鈴木さんに相談してみると「・・・」。
台本を自分なりにどう読み解くか。その行為自体が読み解きになり、演技表現になる。ということなんだろう、と解釈した。演出を付けられている気分。悪くない。答えはなくても会話は成立する。
で、イントロにドラマティックなマイナー和音を入れた。マーラーのシンフォニー“復活”の出だしのような。三者同時に“大げさ過ぎるだろう”とすかさず却下。三者とは、演出家、歌手、バンド。
即OKも嬉しいが、即刻却下も良いもんです。そういうことがあるから、OKも擦り合わせも信頼し合えるのだから。
2016年2月28日
M3ーM6
M3a 恋してる二人は
“朝も昼も真夜中も”と、M2の福本さんと同じ歌詞で始まる同じ曲。ところがこちらは、恋人に焦がれる気持ちを歌う。
甘く切ない感じを出すのに“5度クリシェ”という技法を使って、焦燥感と停滞感を表してます。稲垣さんの音域の中の中程を使って。落ち着きながらも切なさの出ている、いい歌唱です。
M3b 恋してる二人は
そしてこちらは二人が恋の始まりの日を回想する。
メロディをコードとは違う音に設定するという、高度なJAZZアレンジ。音程を取るのが難しいのですが、覚えてしまえば狂わない稲垣さん、ソルフェージュがバッチリの真飛さんなので安心して書きました。このあたり、シリーズの利点、座付き作家の強み。
M3c 恋する二人は
M2のなかのサビ部分、“♪げきじょうへようこそ♪”のメロディを使って“恋をするふたりは”と歌い出す。3曲続けての冒頭曲別アレンジ構成は、そのままAAB形式の一曲が散りばめられたことになっている。計算だけで出来ることではないが、緻密な頭脳でないと生まれてこない。
“今回は全体を通して佐山君の大好きなジャズワルツがないのね”という清美ちゃんの一言で、この曲のワルツアレンジを決めました。メロディの変換は、初日にピアノの代役を務めた鈴木瑤子。若干20才ながら充分な素養とテクニックを身につけたジャズ界期待の若手です。栴檀は双葉より芳し。
M4 グッドタイムシアターバンド
絵の中のバンドが生演奏。夢のあるシチュエイション。
鈴木さんからの発注は、アービングバーリン初期の傑作“アレキサンダーラグタイムバンド”のイメージ。最初にかなり似たリズムで作ってみた。次に日本語のイントネイションと間合いで作ってみた。そして真ん中のフォーク調の部分。このジャンルは僕の青春まっただ中なので、吉田拓郎になりきって作る。その後、このフォーク部分のオリジナルメロディをアタマのスイング部分に当てはめてみると、ちょうど良い変奏曲になる。3パターンプレゼンテイションした所、プロデューサー、制作者、脚本家の三者一致で第3案。
福本さんのフォークアイドルは谷村新司だったそうで、彼がアドリブで入れた「ありがとー!」が利いている。
M5 修司の憂い
明るい曲を一つ挟んで、再びM2のメロディ。今度は不安感たっぷり。台本の指示は“不協和音で”。無茶ぶりですね。
増音程、減音程という、最高難度のソルフェージュ(音取り)。劇中の修司君は、苦もなく歌いながら芝居に仕立て上げています。
M6 麗子の憂い
今度は麗子の不安。マイナーに変換。平行調という。中盤、希望を持ったメジャーコード。後半またマイナーに戻るが上へ上へと上がっていく和声進行で、自らを奮い立たせる気持ち。最後は“神頼み”というのがいいですね。バッハのトッカータを洒落気味に入れました。
M3の三つ、そしてM5、M6と短い5曲分をメインテーマの楽曲で構築することで、この演目の輪郭をくっきりと際立たせる。鈴木さんの大技です。
2016年2月27日
前説とM2
はじめに:
シリーズ3作目となる本作品。僕の望むタイプを予め2曲渡した。それを鈴木さんがうまくはめ込みながら作った台本。そこに入っている他の曲を僕が後から作る。つまり、詞先と曲先を組み合わせたわけだ。
一作目は初顔合わせ、それも今までにない形のミュージカルということで、ミュージカルナンバーとして典型的ないくつかのパターンの曲を僕が作って、それを活かす形で詞をつけ、台本を書いてくれた。そして二作目は逆チャレンジ。まるっきり脚本が上がり、その指示に従って曲をつけた。出演者の音域その他の特性を十分把握した上でとりかかったこの三作目で、ロジャース&ハートのような二人三脚の共同作業が実現した訳だ。
その成果だろう。芝居のテンポ、歌のバラエティなどなど、全体的にとてもバランスのとれた楽しくて飽きない(短く感じる)良い作品になった。
以下、成り立ちやエピソードを交えながら各曲について思いつくまま書き進めよう。
M2 劇場へようこそ
僕から鈴木さんに提示した二曲のうちの一つ。
2015年の米国アカデミーショーで司会にヒュージャックマンが登場。いきなり歌い出したのだ。それが7分を超える大作。映画の素晴らしさのあれこれを盛り込んで、いかにもミュージカルらしい曲、ディズニーっぽい歌、批判的な語りを不穏な音楽に乗せて、と盛りだくさん。オリジナルでいてミュージカルへのオマージュがたっぷり詰まったオムニバス作品になっている。とても感激して友人の鳴海周平君に話した。ミュージカルの世界でコツコツ働くとても優秀な作編曲者。なにかと僕のアシスタントをしてくれているその彼が“採譜してみましょう”と譜面に起こしてくれた。分析してみると、、。
主メロが定期的に現れて楽曲のまとまりを作り、間あいだにエピソード的に挟まれる曲はバラエティに富んでいながら色んなタイプの典型を示す。
この構成を参考にして自分なりのメロディを盛りだくさんに繋げてみたのが“劇場へようこそ”。勿論最初は歌詞もタイトルもない。最初に出てくるサビに“げきじょう〜へ、ようこそ〜”という歌詞がつく所が天才ですね。冒頭のいかにも歌になりにくい所に“朝も昼も真〜夜中も(まぁ夜中も、とのダブルミーニング)”と来たのにも驚いた。
バラードの部分にはロマンティックな言葉。不穏な部分には大胆にもミュージカル否定の語り(小倉さんが実に良い味を出している)、と思ったらその人自身が突然歌い出す、という面白さ。
“魔法の杖はイマジネイション”は良いとして、“音と光テンプテイション”で字数が整わないので“音と光はTemptation”とあてたら、そこは違うと言う。テンプテイションの“プ”は僕にしたら“p”であり、子音を伴わないサイレント音、つまり音符は当てないのだが、鈴木さんは“プ”もしっかり発音することで日本的でありなおかつ耳に残る歌詞になる、と言うのだ。確信犯だったのですね。この辺のセンスが凄い。“恋と音楽”最後の歌詞“アイラブミュージカ〜ル”の時も、僕はラブの“ブ”に音符がつくのがいやで“I Love The Musical Show”と作っていったのだが“アイラブ〜”とカタカナで言う所が可愛くてフックするのだ、と言っていた。30年以上のお付き合いになる振り付けの清美さんもそちらに賛成だというので半信半疑のままそのようにしたのだったが、今や自分の中にすっかり定着しているから面白い。
”劇場へようこそ”に戻って、 “Sing and Dance!”と叫んでエンディングにするのは振り付け中に出てきた清美さんのアイデア。
言葉と音楽とダンス(振り付け)の擦り合わせ、ディスカッション、共同作業で作品がブラッシュアップしていく。とてもミュージカル的な作業。本番中も(何回やっても)楽しくてしょうがないが、作り上げる作業の楽しみ、喜びは何物にも代え難い。
台本の話。これからがもっと凄い。
なんと、この長尺の曲の冒頭部分(Aメロ)にどんどん別の歌詞を付けて、いくつものバラードにし、サビの部分にも別の歌詞を付けて恋の喜びの歌にしてきたのだ、鈴木氏は。
自分で作った曲とはいえ、こういう使われ方をするとは予想だにしなかったし、アレンジを何種類も考えるのは大変だったが、この手法はミュージカルでは伝統的とも言えるもの。観客の中に知らず知らずに浸透していって劇場を出る時に、ふと口をついて鼻歌が出て来ようものなら大成功なのである。そんなセリフをシリーズTで吾郎ちゃんが言ってましたね。
そのあたりの話は次回“恋してる二人は”のところで。
| 現在のページ : 6/23 Page | 前のページ |
|
グレイト!(23)